宿泊 クインテッサホテル小倉
ア〇ダ経由でクインテッサホテル小倉を予約してありましたが、チェックイン時に予約が見当たらないため待つ間、レストランのフリードリンクでも飲みながら待ってほしいと言われました。予約の確認後宿泊当日に責任者からホテルが満室で他の部屋は案内できないとの返答でした。
今までの旅行の経緯や予約確認画面等を示したうえで状況を説明し、再度確認していただいたところ、ア〇タは海外サイトであり、誤って名前が変換(氏名の名の一部が氏に追加された状態で予約されていた)されたたのが理由とのことでした。
ホテル側の真摯な対応で、野宿など事なきを得ましたが、ア〇ダで予約する場合は、このようなケースがあるため注意してください。


翌日、小倉城を見て中津へ行く予定でしたが、午後から中津市が雨のため急遽、中津行きに変更。JR日豊本線中津行の普通は1時間かかるので、時間を優先し特急を使用しました。


中津駅の中津耶馬渓観光協会でレンタサイクル(300円)を借り、観光スポットと昼食場所(麺処くらや)について、親切丁寧に教えてもらい情報収集ができました。
レンタルサイクルを活用すると効率的に見たい場所が回れ便利です。
中津城
1588年、黒田官兵衛が、高瀬川(現、中津川)の河口に築城し、現天守閣は、1964年に建てられたものです。

石垣は、黒田時代のものが残っています。右側が黒田時代に築かれた石垣、左側が細田時代に築かれた石垣。撮影ポイント

福澤諭吉旧居
1836年母子6人で大坂中津藩蔵屋敷から中津へ最初住んだ家の宅跡。この旧宅は後年に移り住んだもの

諭吉が長崎へ遊学(1854年、19歳)まで土蔵の二階で学問を続けた

新中津市学校
慶応義塾が、日本有数の学校へ成長。中津でも洋学校設立を望む声があがり、福澤諭吉、小幡篤次郎ら慶応義塾中津出身者が1871年開校。広く平等に学びという福澤らの思いを受け継ぎ旧小幡記念図書館の建物を利用し開かれました。

合元寺
黒田官兵衛が、中津に入った時姫路より官兵衛に従った空誉上人が1587年に開山したのが始まり。合元寺の壁は、元々白い壁でしたが、何度塗り替えても戦跡の血痕が消えず赤色に塗られたと伝わっています。撮影ポイント

麵処くらや 中津本店
からあげ定食979円。外はからっと中はジューシーな唐揚げを堪能できます。


中津駅
中津駅は、特急券の券売機は一基、みどりの窓口にも2~3人の客がいたこと、急いでいたことから「九州ネットきっぷ」で特急券を購入しました。

中津市は「福澤諭吉ゆかりの地」の看板やオブジェなどが各所にありました。


小倉城
1569年、安芸毛利氏が、現在の小倉城本丸周辺に城を築き、1587年に豊臣秀吉の家臣毛利勝信が入城し改修。江戸時代初期に細川忠興が大改修を行い、現在の城郭が完成します。

「とらっちゃ」は、2009年小倉城再建50周年を記念して誕生しました。小倉城天守閣1階・2階に展示している「迎え虎(オス)」「送り虎(メス)」の絵が元になったキャラクターで、小倉城に来城されたお客様をお迎えし、全国に小倉城をアピールすることを使命としています。額の模様は、小笠原家の家紋である三階菱になっています。

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